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2020/06/27
寛解カルテ96-2 驚きの大逆転!地獄のうつ病・DVから極楽人生へ なんと月収140倍!

 

昨日のパート1からの続きです。

 

パート2

 

 

 

【人はなぜガンになるのか】

 

がんが見つかってからあっという間に亡くなっていったんです。

 

 

 

私の母は「いつか私もがんで死ぬんだ」と、ことあるごとに口にするようになっていきました。

 

 

 

最愛の家族三人を一気に失って、怯えきっていたのです。

 

 

 

なぜ人はがんになるのか、私は考えるようになりました。

 

 

 

がん細胞は、自分が栄えれば栄えるほど、本体である人間の死期を早めることが不思議でした。

 

 

 

人間が死んでしまったら、がん細胞も生きてはいけないのですから、おかしいじゃないですか。

 

 

 

そういった疑問が湧いて、どうしたらがんを克服できるんだろうと思ったのです。

 

 

 

叔母は、抗がん剤治療をして切除の手術をしたのですが、切ることが全ての解決法ではないような気がしていました。

 

 

 

私はこの頃から、因縁という言葉を意識するようになっていました。

 

 

 

がんもうつも、過去からの因縁に違いない。

 

 

 

この因縁を自分の代で断ち切らなければいけない、という強烈な思いが湧き上がるようになったのです。

 

 

 

とは言え、何か具体的な解決策があるわけでもありませんでした。

 

 

 

うつの方は、ついに自分の意思で自分の体を動かせないというところまでいっていました。

 

 

 

他にもいろいろなことが重なって、結局大学も丸二年で中退することになりました。

 

 

 

その後の私は、うつを押して牧場で働くようになりました。

 

 

 

若者向けの寮に入り、牛の世話をしていたんですが、仕事中にもうつは襲ってくるわけです。

 

 

 

結局、1ヵ月のうち半分程度しか仕事に出られなくなって、うつ状態にあるときは自室の押し入れにこもり、膝を抱えて体操座りをしていました。

 

 

 

自室ですから押し入れに入る必要はないと思われるかも知れませんが、今思えば光が見たくなかったのでしょう。

 

 

 

むしろそのほうが、多少は安定的な気持ちになれました。

 

 

 

ある日、牧場で働く女性の子どもが、学校から帰ってくる場面に居合わせたときのことです。

 

 

 

子牛にミルクをあげているお母さんに、ランドセルを背負った子どもたちがわーっと走って来て「お母さーん」と言いながら抱きついたんです。

 

 

 

それを見た瞬間、一気に気持ちが悪くなって、翌朝から起きて来られなくなりました。

 

 

 

それどころか、そのまま半月に亘る引きこもりが始まったんです。

 

 

 

親子の微笑ましい姿は、特にうつの引き金でした。

 

 

 

 

明日のパート3【思いがけない母との関係】へつづきます。

 

 

お見逃しなく。

 

 

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